心臓がやぶれる事はないのだから、
できるだけ頭とこころを働かせようと思う。
言葉を紡ぐのさえ、おぼつかないし、いつも重心が定まらない感覚を覚えるけれど、
自分にとって必要なことだという確信は常にある。
ゴールは近い。そして距離は縮まらない。
稀に、美しすぎるとかカッコよすぎて
聴くのがしんどいくらいのがある。
聴いてる間じゅう往復ビンタくらわされっぱなしとか、
息を止めて水に潜ってるみたいな感じ。
聴きながら「痛い、痛い、もうやめて」って思うこともある。
…という精神状態をも含めて
「楽しい」と受け止められる
《感情》のすごさを思う。
いまさっき、久しぶりに
怖い夢見て起きてしまったのだ。
暗く恐ろしい夢。
こういう時は
明るく楽しい本を開いたりせずに
もっと怖くなる本でも読んだらいいんじゃないかな。
怖さをもって怖さを制す!
KOZUE
鳥は何を感じて鳴いたり飛んでったりするんだろう。
虫はどこを目指して歩いたり走ったりするんだろう。
蜘蛛はどんなとこでどんなことを考えながら寝るんだろう。
虫に生はあるのだろうか。
虫は機械に似たようなものではないのか。
馬に生はあるのだろうか。
馬は機械に似たようなものではないのか。
肉牛に生はあるのか。
食われる生?
豚の食われるための生?
機械と考えた方が、無理がないように思う。
まだごく若い猫が、昨日車に轢かれて死んでいた。
僕が見た時は血が流れた跡がなくて、寝てるのかと思ったけど、よく見ると頭のかたちがすこしおかしかったので、もう事切れた後で、きっと工事現場の人か誰かが動かしておいたんだろう。
電柱のそば、人が踏みそうにない場所に。
工事がなかったら、轢かれずに済んだのだろうか。
まだ若いのに、不注意だったね。工事の音や光で、よく状況が飲み込めなかったのだろうか。
どこへ行くつもりだったのだろうか。
少し悲しいと思った。
少し禍々しいと思った。
ついてきたりしないように、手を合わせたりはしなかった。
だけど少し、ついてきてもいいんだよと思った。
心の中で手を合わせた。
死んだ猫は、止まった機械と同じではないか。
生きた猫は、動く機械と同じではないか。
人間は、機械と同じではないか。
僕は、機械ではないか。
呼吸や、食事や、交接は、仕組みではないか。
魂は、仮想された器官ではないか。
細胞は、機械ではないか。
癌は、機械ではないか。
幻聴が聴こえる。
ずっとピースって言ってる。
azrq
お前がそれで、いっときを永遠に感じるなら。
その感覚と瞬間を共有できるなら、
僕も同じだけ、時間を失おう。
価値観を歪めよう。
識をなげうとう。
醜い醜い醜い醜い醜い醜い精神を、忘れよう。
先送りにして責め苦はあとで。
ところが、ところで、雷に打たれて死ねよ、と思う。
そうだ雷に、打たれて死ねよ。
四ツ目、azrq