「背中に虫がついてますよ」と言われた。
だれかが取ってくれようとするが、脚が服の繊維にひっかかっているのか取れないらしい。
そいつは背中から肩へよじ登ってきて、腕をくだってきた。
緑色の美しい、カナブンである。
腕を伝い下りて、手の甲に止まる。指先まで行ってはまた戻ったり。
なんだか、なつかれている。
飛んでいこうとしないのは、どこか痛めているのかも?
そのまま手の上を歩かせておく。
だんだんかわいくなってくる。
Y君が「前世のパートナーかもしれないですよ」などと言う。
やめい!ますます情が移るじゃないか。
背中にキスをした。
おとなしい。
「おうちの子になるか?」と訊く。
もちろん無言。
しかし、こういう……野生児的な虫を飼うのって難しそうだなあ。
飼い方、どこかに載っているのかしら?
そういえば前にコクゾウムシを飼おうとして失敗したっけ。
コクゾウムシというのは、米を食べる虫である。
米粒に入りこんだりしている、小さな小さな茶褐色の虫。
それを米びつの中に見つけたとき、ふと飼ってやろうかと思い、
米を少量入れた小びんに入れてみたのだがすぐ死んでしまった。
私が見つけるまではのびのび生きてたのに
飼おうとするや死んでしまうとはなんなんだ、と少し憤慨した。
カナブンはそれから1時間近く、
打ち上げの席でも私の腕の上にいた。
だれかが名前をつけてはと言ったが、それはだめだと思う。
名前をつけたら、本当に好きになってしまう。
カナブンは不意に、羽を広げて飛んでいった。
しばらく高架下の蛍光灯の真下を飛び回っていたそいつに、
同席のみんなも手を振っていた。
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